8・結束までの道のり

 

翌日、おのおの学校を休んで四人は霧島ボクシングジムに集まった。

「もうすぐ試合なんで金が入るなぁーっ」

霧島は嬉しそうに言う。

「勝ちゃいいんだよネ?」

涼子が言う。

「そうそう、買ったら金入るから!」

「わかった、勝つヨ」

「うむ、物分りが良い!」

「私が本気出すから一人で相手全員戦ってもいいヨ」

「いや、それは……団体戦だからね」

 

「ちょっと! ちゃんと結束しないと駄目だよ!」

真澄が食ってかかる。

「結束かぁ、つるんでるつもりは無いんだよネ」

 

 

カーッと真澄の頭に血が登る。

「じゃああんた団体戦に出ずに一人で試合やってりゃいいじゃん!」

「それでもいいネ、そうしようかな」

「勝手にしろ!」

「勝手にするヨ」

感情的な真澄とは反対に涼子は最後まで冷静だった。ジムから去っていく。

「止めないと!」

亜沙美は叫んで後を追おうとしたが、真澄に腕を掴んで止められた。

「とりあえずこの三人でやろう、やる気の無いやつはいらないしさ!」

「でも、せっかく巡りあったんだよ!?」

「だから! だから亜沙美、昔っからあんたはお人好しでバカでいじめられてて!」

「いいもん! それでもいいもん! 私は自分が正しいと思うことやってるだけだもん!」

手を振り払って亜沙美もジムから出ていった。

 

 

 

「さて……二人になったね。軽くスパーやる?」

真澄は慶子に言うと、慶子は今起こったことに動じておらず、冷静に頷いた。

「喧嘩ってのは大人になっても耐えないからねぇ。ま、あんたらのスパー、見せてよ」

 

二人は青いジャージを着てお互い黄色いグローブでリングにあがった。

「さぁ行くよーっ!」

「来たら良い」

二人は一言ずつ会話をするとファイティングポーズをとった。

「それっ!」

真澄はフックを打った。それを慶子は上半身の角度を少しかえるだけで避けた。

「おおっ、やるね!」

「体操選手をやっていたからな、褒められるのは嬉しいが……な」

「ほら、慶子も打って来なよ」

「わかった」

 

 

パフッ

 

「え?」

屁をこいたような音がした。

慶子のゆるいパンチは真澄に簡単にガードされてしまった。

「ちょ、ちょっと、もうちょっと強くパンチ打ってよ」

「ん? 力強く打ったが?」

信じられない事に、元体操選手の慶子にはボクシングの才能が微塵にも無かった。

「パンチとは打つのが難しい……」

「いやそういう問題じゃ……」

「どうやれば強く打てる?」

「わかんないよ! フォームもきっちりしてるのにポフッだよ!? ポフッ!」

「そうか、それは困ったな」

「あの、そろそろ冷静な状態を解除しないとヤバいよ……」

 

 

9・友達はいらない

「ここにいたんだ」

亜沙美は夕方の木の木陰に座っている涼子を発見した。

「ここって私達四人で休憩した木だよね」

「そ、そうだったかナ?」

「何か隠してるんでしょ? 何でも相談してみ?」

亜沙美は胸を張って行った。

 

「友達なんて、いらないヨ」

「何で?」

「どうせいなくなるシ」

「えーっ、私達と友達になったら一生いっしょだよ?」

「いや、友達はいらないんだヨ。ほっといて欲しいナ」

 

 

 

「放っておくなら最初から来ないよ」

亜沙美は悲しそうな顔をする。

「っっ……」

涼子が少し動揺した。

「構わないで欲しいんだよネ、もう帰るヨ」

涼子は立ち上がって帰ろうとした。

 

 

「何か過去にあったんでしょ、友達の事で」

涼子が歩こうとした足を止めた。

「怖いんでしょ。そうだ、思い切り喧嘩別れしちゃったとか」

「……」

「じゃあ今からでも間に合う、若いしさ、いっしょに謝りにいってもいいよー」

 

 

ガッ!

亜沙美は胸ぐらを掴まれた。

「謝れるなら謝ってルッ! とっくに誤ってるッ!」

「あ、興奮しないで。そ、そうかー、色々事情があるんだね、複雑な喧嘩なんだね」

「喧嘩なんてしてないんだヨ!」

「じゃあ、何で……」

「ある日突然……死んじゃったんだヨ!」

「えっ!」

「親友だった、とってもネ! でも死んだヨ! 失った哀しみわかル!?」

凄い剣幕だ。

「ご、ごめん、触れちゃいけなかったんだね」

「忘れられないんだヨッ! 心の支えが一晩で消えてしまうような世界ならッ!」

「なら?」

「友達……なんて……いらないヨ」

涼子が掴んでいた両手をぶらりと下げた。

「一応謝るヨ。でも戦友だの親友だの、どうせ作っても……」

「き、きっとうまく行くよ私達! 絶対……」

「絶対なんて無いッ! 絶対なんて無いんダッ!」

 

「ご……めん」

「帰るヨ……」

涼子はとぼとぼと帰っていった。

心に傷のある子だった。

 

9・次々と去る

カフェで真澄と慶子は軽いスパーの後、コーヒーを飲んでいた。

「何という注文の難しささ……」

慶子は悪夢を見ているような顔をする。

「日本みたいなS,MLとかじゃないしね、色々大変だったね」

「まあ……あの、注文してもらえて有難い」

「覚えとくと楽だよ。ここおいしいでしょ?

「うん、まあおいしいのだが、実は」

「ん?」

「結局、私はスパーでまともなパンチ一発打てなかっただろう」

「そうだね……全部パスッ、パスッって埃をはたいてる感じ」

「そうか、人なんぞ殴った事が無いからな。だから」

「だから?」

「やめようと思う。皆に迷惑だ。皆は勝ちたいのだだろう?」

「ちょっと、いきなり何言ってんの!?」

「迷惑をかけるのは元々嫌いでな。体操選手で何とか頑張って行きたいと思う」

「パンチなんて練習すれば出来るって!」

「いや、出来ないからのスタートなど、練習しても試合では負けるだろう」

「……」

「じゃあ、私は帰るな」

「ちょっと待って! 本当にやめる気?」

しかし慶子は立ち止まらず、去りながら右手を振るだけだった。