夜市

 

ひゅうるりらひゅうりらすっとんとん

 

太鼓の音、笛の音が聞こえる中、俺はオレンジ色に照らされた中を歩いていた。

色々な店が並んでいる。わたがし、りんご雨。射的、紐のついたくじ。

型抜き屋には狐のお面をかぶった子供たちが座り込んでおり、着物の袖をまくり上げて

じりじりと針金を動かしている。針金で上手く型を抜ければ商品が貰えるのだ。

 

 俺は何故こんな場所を歩いているのだろう。ふらふらと軽く酒を飲んだように心地が良い。

袖を広げてみる。

俺は着物を着ていた。頭に異和感があったので手を持っていくと斜めに付けられた

狐の面が有った。

道行く人、皆が狐の面をしていた。仮面パーティーのようなものか?奇異な目で見られているような気がした俺は

狐の面をきちんとかぶった。

そこで【そこ】と一体化した感が強くなった。

ぴゅーひらら、ぴゅーひらら

笛の音が心地よく聞こえる。そういえば俺はお金が有ったろうか。なければこの祭りを楽しめない。

 

 と、目の前に綿菓子を差し出された。40大半ばの少し頭の禿げた人懐っこい様子の狐の面の男。汗ばんでいる。

「これはあなたの夜市ですけぇ、余計なもんはいらんのですよ」

俺は何も言わずにそれを受け取った。

「さあ、やりんさい、やりんさい」

そう言われて俺は綿菓子を契って口へ放り込んだ。

甘い味が口いっぱいに広がり、じゃりっとした飴の小さな塊が奥歯で音をたてる。

「やりんさい、やりんさい」

他にも男が集まってきて、升に入った日本酒を勧めてきた。

「おれ、いや、金なんて持って……」

「ええんよ、あんたの夜市じゃけ、ええんよ、金なんていらん時もある。やりんさい」

俺はぐいっと升から酒を飲んだ。喉からじわっと暖かくなる。

 

 

 俺は酒のせいか、ここがどこで何故夜市をやっているのかどうかさえどうにも良くなっていた。

ふらふらとほろ酔い気分で下駄を鳴らす。

カラン、コロン、カラン、コロン。

この場全てをオレンジ色に変えている提灯一つ一つを見る。どうも見覚えのある紋が入っているが思い出せない。

 

 ふと、四方を壁で囲まれた場所へ着いた。中はどうなっているのだろう?

 

「へっへっへっ、旦那さん、女の健闘は好きですかい、安いですぜ」

「健闘か……」

俺は考えた。所謂キャットファイトが大好きな性分なのだ。

「しかし俺は金を……」

「安いですぜってのは、まあ口上でさぁ。祭りを彩る言葉の一つでさぁ……さ、入りんさい」

「あ、ああ」

 

中へ入ると、白い下着一枚で後は裸の女がボクシングをしていた。

一人は短い髪、もう一人はおさげ。

「あれは何という選手で?」

俺が言うと、横にいる男が人差し指を面の前に一本出した。「シーッ」という意味らしい。

「名前は知らんでええ、あんた、楽しみなっせ」

「あ、ああ……」

俺は押し出されるようにリングサイドへ出た。

むわっと汗の匂いがした。リングは木製でマットはベニヤ板のようだった。

その上に汗がべっとりと付着しており、二人が殴り合うと汗が上書きされるように散る。

「ぷぇっ!」

おさげの女の子がマウスピースを吐き出した。それはビトンビトンと俺の前まで転がり落ちた。

「あっ」

俺は声をあげると、狐の面達がこちらをズラッと向いた。そしてその後、落ちているマウスピースに目をやっている

ようだ。

拾えという事か。

俺はその生暖かいマウスピースを拾った。唾液に包まれたそれは分娩台で胎児を抱き上げているような格好だ。

おさげの女の子が顔を寄せてくる。

「……口に入れて」

俺はたどたどしく、おさげの女の子の口の中にマウスピースを押し込んだ。

ぐじゅっ。

手に残るのはべっとりとした液体。

 

 しかしいつまで二人は殴り合っているのだろう。むせるような汗の匂いは途切れることは無く、

この木で囲まれた空間に濃縮して漂っている。

二人の白いパンツも汗で透けて性器が丸見えになっている。

 

ズダン! 髪の短い女の子がしりもちをついて肩で息をしている。

そのままビジャビジャビジャと失禁を始めた。

その様子をよく見る。パンツの意味があまり無いのではないか?というより皆着物だからパンツはいらないのでは。

俺が考えていると、生暖かい尿の香りがしてきた、この大きな木箱の中には女の出す様々な匂いで満ちている。

「さあ踊れや踊れ、女子健闘ぞ」

むせかえる暑さの中、誰かが叫んだ。

「踊れや踊れ、踊れや踊れ」

こういう空気感を今ではモッシュというのだろうか、皆が踊り狂う中、女の子二人はひたすら殴り合う。

唾液を吐き合い、ダウンして股を開くと性器は丸見えな程に透けて、たまに失禁をしながら

立ち上がりお互いに殴り合う。

踊れや踊れ

 

踊れや踊れ、女子健闘ぞ。

その勢いで俺はリングの上へ押しやられた。

「あら吉原の、待っておりました」

俺が美由紀だと思っている短い髪の女の子が言う。何故俺が吉原という名前を知っているのだ?

「唾液の染み込んだマウスピースが好きなようで、これでどうですかぇ?」

俺の顔面にマウスピースをベッと吐き出してきた。

びちゃっと顔に当たり飛沫をあげる。

「脇も汗がだくだくと出てきてたまりません」

俺は仰向けに倒れているのだが、その鼻の上に脇を持ってくる。

ツーンとした脇の匂い、汗の匂い、吐きかけられたマウスピースの唾液の匂い。

俺は勃起をしていた。

「あらあらこんなに」

我先にと、美由紀と小百合は俺の着物をはだけさせ、ペニスに吸い付いてくる。

「や、やめてくれ」

というが本当はそう思ってはいない。

女の触れてはいけない数々の匂いに犯されながら俺はイッてしまった。

「ううぅーっ!」

 

 

 

俺は自分のうめき声で目を覚ました。

今、そうだ、俺はばあちゃんの家にいる。

蚊帳の中で汗ばんだ顔を浴衣で拭く。

と、すぐ俺の横に狐の面を着けた少年がいた。

「駒ぞ。ぐるぐる、ぐるぐる良いものがぐるぐるお主を取り巻くように、ぐるぐると。駒ぞ」

そう言うと凄い勢いで蚊帳から四足で走って行った。

そこには、紋のついた駒があった。

 

 

 翌朝、俺は清水に晒されたキュウリをガジッとかじった。

家の守り神と言われる神社の掃除を今日もしなければ。

そう思ってポケットから昨日の駒を出してみた。

そうだ、この紋だ……。

俺はしばらく呆然と立ち尽くした。

俺はどうやらここの神様に気に入られて夜市へ紛れ込んでいたらしい。