「みっちゃん、みっちゃん!」

地元の小規模な祭りで格闘技用のリングを発見した

友達の夏子は興奮したように叫んだ。

「なっちゃん(夏子)は大げさだなぁ、プロレスの興行でしょ?」

「違うよ、殴られ屋って書いてある!」

「へー」

「看板見てきた。30分500円だよ?」

「へー安い、殴り放題じゃん」

「みっちゃん行ってきなよ!」

夏子の大プッシュで私はリングへ向かった。

「あのー」500円をリングの前にいる人へ渡した。

「お、やるかい?」威勢良く言われた。

「はい、やります」

「じゃあ格好は……コートの下は?」

「ロンTに、下はこのGパンで」

「動き易い格好だね、看板の注意書きはちゃんと読んだかい?」

「え? あ、はい」

私は夏子を見た。

「読んだ! 読んだ!」

夏子は両腕で大きなマルを作っている。

相手はリングの上に仁王立ちしている。

キリッとしたポニーテールのお姉さん。

長いポニーテール。

私より多分背が高い。

リングの上にはその女の人とレフリーがいた。

レフリー? これって単なる殴られ屋じゃない?

「はいマウスピースとグローブ」

レフリーが勧めてきた。

「グローブはわかるけど、マウスピース?」

相手のお姉さんは表情を変えずに首をコキッと鳴らしている。

派手な柄のスポーツブラにトランクスだ

カーン

ゴングが鳴らされた。

マウスピース付けさせられるくらいだから殴られるのか?

私はボクシングは未経験なのだが何となくガードらしきものをしてみた。

だがお姉さんは殴ってこない。

やはり殴られ屋で良いらしい。

(よーし、パンチを打ち込んで日々のうっぷんを晴らして。

健二君にフラれたばっかりだからそのストレスをぶつけてやれ!)

「えいっ!」

バシュッ! 綺麗に適当なパンチはお姉さんの顔面に当たった。

ぐらりとも揺れない。

「えいっえいっ!」

バシバシッ!

相変わらずお姉さんは体制を崩さないが、殴るって気持ち良い〜。

ボディはどうなのかな? やっちゃっていいのかな女性的に。いいや。

ずむっ!

「ぐぅっ!」

グローブごしに柔らかい感触が、もぐっとした。

「ぐふっ!」

お姉さんが唾液を吐いた。

何だか悪い気はしたけど、ずむっとな。

「うぐぅっ!」

何だか私は暴力的に目覚めたのかもしれない。

お姉さんの頬を左右に殴る。

健二君のバカッバカッバカッ!

バシッ! バシッ! バシャッ!

ああ気持ち良い!

お姉さん口からマウスピースをはみ出させて……。

カーン

ゴングはすぐに鳴ったような気がする。

レフリーが話しかけてきた。

「次のラウンドもやるかい?」

「え? 追加500円ですか?」

「いや、いらないよ。看板読んでないの?

「よ、読みましたよ。楽しいから次のラウンドも。

そして私は色のついていないコーナーへ戻った。

そこへはセコンドグッズ一式が揃っていた。

「ほら夏子、セコンドやってよ、マウスピース洗ったり足をもんだりな、はっ

はっはっ」

夏子は深刻そうに看板を見ている。そして驚きの顔にかわった。

 

(´・_`)「あのね、みっちゃん、怒らないでアロエリーナ」

「ん? どうしたの?」

(´・_`)「二ラウンド目からをご希望の場合はこちらの選手も攻撃をさせて

頂きますって看板に書いてあった。

「えーっ!」

(´・_`)「だから怒らないで欲しいナリよ」

「ちょ、それよりどうするの!?ガードって? ちゃんとしたパンチって?」

(´・_`)「教本買ってくる」

夏子は逃げ出した。

「なん……です……と」

 

カーン

 

ゴングが鳴った。洗っていないマウスピースのまま私も立ち上がり……。

 

「もうやけくそですよもう!」

お姉さんに突っ込んでいった。

 

ズバシャァッ!

私は何が起こったかわからないが頬にパンチを食らったらしい。

唾液がブシャッと吹き出す、その残りが顎をつたってツツーッと垂れているらしく、

ぬぐうとグローブにべっとりと唾液がついた。

「普通殴られ屋にはボディは打たないもんだ。やってくれたな」

お姉さんは起こっている。

ボグゥ!

今度ははっきりとわかった。ボディへ打ち込まれたのだ。内蔵がかき混ぜられたかのような苦しさが襲ってくる。

「うべぇっ!」

私は純白のマウスピースを大量の唾液といっしょに吐き出した。

その瞬間少し尿漏れを起こした。そしてそのままうつぶせに膝をつく。

「げほっ!」

苦しさのあまりマウスピースを吐き出す。

びちゃびちゃっとそれは新鮮な魚のように跳ねた。

「そうだ、このままダウンして終わらせよう」

そう思ったがレフリーのカウントが始まらない。

「一ラウンド30分、それは変わらない」

お姉さんは冷たい目で言った。

「立ち上がらないならマウントポジションをとってボコボコにするが?」

「うっ、それは……」

私はマウスピースを拾い立ち上がり、口にくわえた。

「逃げないだけ上出来だ」

お姉さんはにやりと笑った。

グシャッ、グシャァッ!

「ぶほぁぁぁぁっ!」

私は上を剥いて唾液を噴射させた。自分の顔にパラパラ降ってくる。

(ガ、ガードってどうやってやるの……)

私は体制を立ち直し両手をクロスにしてみた。

アニメではこうやっていたはず!

どぐぅ!

すぐに私のボディにパンチが打ち込まれた。

「げぶ」

どうしたら私、こんなに唾液が吐き出せるのだろうっていう位に唾液が出る。

ロープに追い詰められ、左右にパンチを打ち込まれて少し気が遠くなってくる。

私は本当に殴られているのだろうか。

それが現実味を帯びてきたのは顔が痛くなってきたからだった。

それと右の視界がよく見えない。腫れて塞がっているのだろう。

「ぺっ」

口に溜まった液体を吐き出すと赤かった。

「どうした? もう楽になりたい?」

お姉さんは言った。

楽になる=最高のパンチを打たれる

という式が頭に浮かび、私は

「ひっ」

と小さな声で叫んで逃げた。

そうだ、私だってパンチはさっき当たったんだ、いける!

「うおおおおおおお!」

接近して言って、真っ直ぐにパンチを打つ。

お姉さんは首をずらすだけで私のパンチをよけた。

私はお姉さんに突っ込んで抱きつく格好になった。

汗の匂いがむわっとする。でも私の方が汗臭いんだろうな。

「頑張るじゃない」

私の耳元でお姉さんが言う。

お姉さんの脇から漂ってくるであろう汗の匂いと、耳元で囁かれたので

私は少し興奮してしまった。私にレズっ気はなかったはずなのだが……。

「あなたかわいいからパンチを一つ教えてあげる」

「えっ」

お姉さんの方から私から離れた。汗の糸が二人の体がらヌチャリとのびた。

この汗は私の汗だ。ロンTは絞ったら汗が滴り落ちる程になっている。

「脇を閉めて、内側にえぐり込むように打つべし!」

お姉さんはどこかで聞いたことのあるセリフを言った。

「脇を占めて……」

「あ、パンチを打ったら引く力が大事ね」

「はっはい、こうかな」

パシュッ!

お姉さんの顔に見事に私のパンチがヒットした。

お姉さんの鼻からツツーッと鼻血が出た。

「あっ、ごめんなさい」

謝るがお姉さんは笑顔だ。

「上出来上出来。大丈夫。これだけ分は少なくともやり返すから」

「ひっ」

グシャッ! バキッ! ドガッ!

私の顔面が面白いように殴られる。

血の飛沫が唾液にまじって飛ぶのが自分でも見える。

マウスピースは口の中で血に染まって真っ赤なのだろう。

「ほら、だからそろそろフィニッシュブローで楽にしてあげるって」

お姉さんが近寄ってきた。

「ぶ……」

「ぶ?」

「ぶはぁっ!」

私はお姉さんの顔面に血まみれのマウスピースを吐き出してぶつけた。

「びっくりした!」

マウスピースの弧を描いた形の血の跡がお姉さんの顔に残った。

 

(´・ω・`)「みっちゃん、本買ってきたよー」

どどどどおどど

夏子が走ってきた。

そして私はブックカバーのついた本を受け取った。

これでもう一発でもお姉さんをぎゃふんと言わせられたら……

――上巻、筋肉トレーニングについて――

「ぐはぁっ!」

私は開いたその本に血と唾液をぶちまけてブッ倒れた。

 

 

 

 

私は夏子に肩を貸してもらって祭りを後にしている最中だ。

「みっちゃん顔がボコボコに腫れてる。大丈夫? 脳に障害とかない?」

「知らないよ。あんたの看板の読み間違いでこんな事に……。

そこへ、健二君が走ってきた。

「健二君……見ないで」

私は腫れ上がった顔を見られたくなかった。

「光子ちゃん(みっちゃん)」さっきの試合を見てたよ! 凄かったね!」

「あ、うん、負けたけど」

「それでさ、俺、女子ボクシングフェチなんだけど、その使用したロンTとかパンツとかマウスピースをかくれない?」

 

私は、すぐさまお姉さんに習ったパンチを健二君に打ち込んだ。